February 19, 2016

赤頭巾ちゃんとSEALDs

昨年末、眼の手術を受けるために2回に渡って短期入院した際に、時間つぶしと思って庄司薫の「赤頭巾ちゃん気をつけて」の文庫本をベッドに持ち込んだ。「赤頭巾ちゃん気をつけて」は、ぼくが文筆業者になるきっかけをつくった作品で、中学生時代から何度読み返してきたことだろう。ただ、このところはご無沙汰だったので初心を思い出そうと考えていた。

 

 

ところが、久しぶりに読み返すと、改めてあれこれ思うこともあったのだけれど、これまで特にひっかからなかった箇所で妙に考え込むことになった。その箇所は、物語もクライマックスにさしかかって、主人公の薫くんが、救いを求めて銀座を歩き、数寄屋橋で反代々木系の学生活動家が東大お茶の水事件の逮捕学生を支援するためのカンパを募っている前を通り過ぎる場面である。薫くんは活動家の諸君を横目で見ながらこんなことを考える。

 

(以下引用)「彼らはほんとうに自分の頭で自分の胸ですべてを考えつくして決断したのだろうか。誰からの借物でもなく受売りでもない自分の考え、自分だけの考えで動いているのだろうか。いや、そうだとしても彼らはその行動に責任を、何よりも自分自身に対する責任をとれるのだろうか。彼らは、その決断をたんに若気の至りや青春の熱い血の騒ぎや欲求不満の代償として見殺しにすることなく、つまりは一生挫折したり転向したりすることなく背負い続けていけるのだろうか。

 

(中略)         

 

彼らはああやっていかにも若々しく青春を燃焼させその信じるところをやったと信じきって、そして結局は例の「挫折」をして社会の中にとけこみ、そしてそれでもおおわが青春よ若き日よなどといって、その一生を甘さと苦さのうまくまじわったいわくありげなものにして生きるのだ。彼らの果敢な決断と行動、彼らと行動を共にしないすべての若者をすべての人間を非難し虫ケラのように侮辱するその行動の底には、あくまでも若さとか青春の情熱といったものが免罪符のように隠されているのだ。いざとなればいつでもやり直し大目に見てもらい見逃してもらい許してもらえるという免罪符が」(以上引用)

 

薫くん自体は良家の子女であり権威の象徴としての東京大学に入って官僚にでもなろうかどうしようかと悩む優等生である一方、「必要だと思えばいつだってゲバ棒を持って立ち上がる覚悟、政府でも国家権力でもひっくり返してやるという覚悟」を抱え込んだリベラル派でもある。その薫くんがこんなことを考えていたとは気づかなかった。

 

これはまさに今のぼくが「SEALDs」と名乗る若者の集団に対して感じる違和感そのものではないか。ぼくは、先の民主党政権を「売国政権」だとするならば、現自民党政権はかなり深刻な「亡国政権」だと思っていて、ぼくが愛する日本という国を護るためには打倒するにやぶさかではないと考える人間だが、SEALDsはいけない。彼らの言動を見ていると、まさにこの薫くんと同じ感想を抱かざるをえないのだ。

 

ではどうするか。ゲバ棒持つにはぼくは年齢を食い過ぎた。と言って、金も権力も体力もないまま馬齢を重ねてしまった今のぼくには為す術がない。「せいぜい、外野からああだこうだ勝手な論評をして、早々にすっこんでしまえ」と怒鳴られたら、すごすご引っ込まざるをえない塵芥のような立場にあることは重々自覚しているつもりだ。今はただ、歴史は繰り返すのだなあ、と遠い目をしつつ、口に糊するためのささやかな仕事に戻るとするか。

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September 23, 2015

スマホの機種変したよ

も~、ここんところ取材と原稿書きでいっぱいいっぱいになってたけどようやく目処が付いたかな。世の中はシルバーウィークだとかなんだとか浮かれまくっているようですけどもね。

で、先日携帯の機種変更したんですよ。いやもう新品買って1年10ヶ月しか経たないのに電池が劣化しちゃって使い物にならなくなったもんで。これ、問題あるよね。でもそこでいきり立っていても空振りするだけなので機種変すると。

今回はさすがにiPhone6S PLUSにしようか迷いました。でも結局iPhoneは却下。世の中アップルだらけにしちゃいかん、オレは多数派になってはいかんというヒネクレ心があるもんで。でも最大の要因は、iPhone本体にストラップ穴がないってことかな(笑)。

オッサン、握力が弱まってきたせいか、スマホは常に首からぶら下げていないとすぐ落としちゃうのね。iPhoneもカバーにはストラップ付けられるって言うけど、それじゃ不安だもんね。で、iPhoneあっけなく却下。そもそもスマホなんて、電話とメールチェックできれば何だっていいんだ。

で、帰ってきたら奇妙なことが起きました。ぼくは最小限のデータ通信プラン(2GB)にしているんだけど通常はそれで十分。つまりLTEを介してデータ通信することなんかあまりないってことなんだけど、帰ってみると、なんかDocomoのソフトが勝手に動いていて、内部ストレージの写真をせっせとLTE使ってクラウドへアップロードしてんの。

なに、これと思っていたら、あっけなくデータ通信量の限界を超えて通信速度を遅くするからね、という通告が。そもそも、なんだよ、このソフト。知らないよ、こんなの。しかもスマホで撮影した写真なんかほとんど使い捨てで、クラウドに後生大事に保存しておく趣味なんかないし。

で、調べたらこのソフト、WIFIにつながっていないときでも自動同期がオンの設定になってるしメチャクチャなの。ややこしい国が送り込んできた詐欺ソフトじゃないの、これ。あら?Docomo提供だって書いてあるな……。 というわけで、仕事に目処がついて落ち着いたところでさっきDocomoショップに電話してみたんですね。仕事に集中しているときにこの手の電話をすると、無駄に興奮しちゃってクレーマーと化してしまいそうだったから。

で、そっと事態を相談してみたら、あと1週間で通信速度は回復するけど、事態を鑑みて1GB無料で返してあげますと。1000円分ですと。そういうことができるんだね。1GBで損害を補填できるのかどうかわかんないけど、ショップレベルで対応できる容量がそこまでらしいんで、手を打つことにしました。まああと1週間で1GBも使うわけないしな。

でもこれ、わけわかんないご老人なんか、それこそわけわかんないうちに勝手にいろんなことされちゃって、スマホにはひどい目に遭ってるんだろうなあ。そういえば機種変更を窓口でしているとき、隣の窓口にいたおじいちゃんは係員の説明を聞きながら「日本語でしゃべれ! 何言ってるかわからん!」って怒鳴ってた(笑)。

気持ちはわかるけど、それは無理だわ~、Docomoの係員もこりゃまた大変な時代になったなあとそのときはDocomoに同情していたんだけど、自分がこんな目に遭って咄嗟に何が起きているかわかんなくてオタオタすることになると、そのとき予想できただろうか。いやできなかった。

というわけで、仕事に一段落付いたら今夜は何か美味しいものを食べて栄養付けようかな。このところしばらく仕事場とホテルに閉じこもって非常食みたいなのしか食べてないのよね。

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July 17, 2015

童夢40周年記念誌「童夢の奇跡」のことなど

半年前に命を受けて童夢40周年記念誌の制作に関わった。林みのるさんは当初、膨大な資料を開示してくれて、そこからイメージを組み立てろと言った。これまでさんざん童夢については取材を重ねてきたけれど、今回開示された資料はあまりにも膨大で、見たことも聞いたこともない情報の山だった。

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林みのるさんの50年を振り返りつつ童夢の40年をなぞるという作業は、恐ろしく重い仕事だった。そもそも、ぼくはただのレースファンだった頃に雑誌を通して、林みのるという変な人がレース界にいることを意識して以来の人で、仕事は同時に自分の50年に近い人生をたどることにもつながったから、なおさら心が重くなった。 

それに気付いた頃、林さんは電話で「随分重荷に感じているようだから、この仕事は受けないでもいいよ」と声をかけてくれたが、こんなチャンスはないわけで(というより一生に一度のことで)、断るバカはいないだろうけれども一瞬心が揺らぐくらいには確かに”重荷”ではあった。 

予想通り編集作業も執筆作業も遅れて,結局は林さんの社長室に合宿状態になった。進捗状況にいらついた林さんは「結局、オレの人生は妥協に始まり妥協に終わるんだ」とこぼしたけれど、それは聞き流して、ぼくと一緒にこの仕事を受けた藤原よしおさんとは、口には出さねど少なくとも妥協はするまいと全力を尽くしたつもりだ。

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出来上がった本を、パーティーの場で初めて見て、なんだかようやく肩の荷が下りたような気がした。パーティーのテーマは林さんの現役引退記念と新生童夢体制発表の2本立てだったが、ぼくにはある意味自分のライター生活の中締めの場にもなってしまったような気がする。

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それにしても、あっけにとられるようなパーティーだった。前もって概要は聞いていたけれどもこんな規模のことになるとは思わなかった。その出席者にぼくが関わった記念誌が配られたのだから光栄な話ではある。

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ただ、果たして林さんは出来上がった本に満足してくれたのかどうなのかがわからない。容易に人を褒めてはくれない人だけど(ぼくには、これまで何か書くたびにバカにされ続けた記憶しかない)、もし結局は妥協の産物になってしまったと思っていらっしゃるなら、どなたかも言っていたように、「引退1周年記念誌」をもう一度制作させていただきたいと思っている。

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パーティーの席上、少なくとも林さんはこの本をサイズと重さの点は出席者に向けて自慢をした。その内容はともかく、手に持って”重い”本に仕上がったことだけは評価してくれたのだろう。

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April 13, 2015

横須賀の文化財と心のカギの巻

先日夕方、横須賀の若松マーケットで新しい店を開拓しようと物色していたんですね。で、街並みの写真なんか撮影していたら、通りがかったおばちゃんが「良い写真撮れた?」とぼくに声をかけて路地に吸い込まれていったんですよ。

うん? と振り返っておばちゃんの後ろ姿を目で追ったら、路地の奥にお店がある。で、そのお店の扉を開けて姿を消したんですね。「あ、あのお店のおばちゃんか」と思ったぼくは、後を追ってみました。まだそれほど遅くなくて怖くなかったし(笑)、ぼくにかけてきた声が何か良さそうな人柄を表していたような気がしたのね。

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で、外からはこう見える路地に入っていくと……。これ、誰が入り込む路地なんだよ、という路地なのね。だけどお店があるわけですよ。

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ここに入っていくと、これだから。真正面に立ち入り禁止の看板。これ入っちゃいけないところだよね、普通。でもまあこの年になると怖いモノはあまりない。「あけみ」というのがおばちゃんの店だな……。

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で、ドアを開けてみました。 カウンターの中にいたおばちゃんはぼくの顔を見て「あ」と絶句。「さっき声をかけられたから、ついてきちゃった」と言うと安心したみたいに「何か取材に来た人だと思ったよ」と言うのね。

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とりあえずビールでも呑んで話を聞こうと思って店内を眺め回すと、今は主に昼カラオケで老人相手に営業している店らしんだけど、これがただならぬ造作なんですね。ただの場末のスナックではない。どう見ても、元々はまじめに作り込んである。

「この店……なになの?」と正直に聞いてみました。するとおばちゃんの亡くなった旦那さんはちゃんと修行を積んだバーテンダーで、横須賀で店を持とうとこの店を造ったのだそうな。 レンガ作りのアーチが中央にあって、その両脇にはキープボトルのための棚があるんだけど、よくよく見るとその棚のひとつひとつに扉があってカギがかかるようになっている。

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なんとまあクラシックなスタイルだ、と仰天ですよ。 「そのボックスは、今でも機能しているのか」と聞くと、「今はもう開けっ放しよ~」と言うから、もうカギはかからないの? と食い下がってみたら、おばちゃんボックスを覗き込んで、「あ、カギ、あった」とか言うの。

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何年使われていなかったのかと思いつつそのカギ試してみると、ちゃんと扉がロックされるんですね。 いやもう感激しちゃって、思わず「その一枠、買った!」と。ぼく専用のボックスを確保しましたよ。

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とりあえずサントリーホワイト(笑)入れてみた。で、カギを渡されて帰ってきました。もうね、ぼくの夜の心のカギだよ。 「こういうものの価値がわかってくれるお客さんが来てくれて嬉しいよ~」と、おばちゃんにも喜ばれましてね。

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ウハー、えらいところにぼくの名前書かれちゃったよ。横須賀市長に申し訳ない。叱られなければいいんだけどね。でもなにもそこに……(笑)。

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いやもうあの店に行くの、楽しみになっちゃったな~。普段はご老人達が乾き物とチューハイかなんかで唄いまくったり、良く名前のわからない演歌歌手が指導するカラオケ教室かなんかで騒々しい店らしいんだけどもね。まあ、品書き見ると想像はつくと思うけど。しかし、 いやもうとんでもないところで文化財見つけましたよ。という報告なんですけども。同行者募集中。

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February 22, 2015

野毛は奥が深いのだ

一昨日、友人と横浜の野毛で呑んだ。1軒目は石松。マイナーツーリングで活躍した往年の名ドライバー、早乙女実さんが経営する名店だが、レース関係者が来店することも多いので、下手な話は大声でできないのが唯一の難点。

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昨日は初めて明るいうちから入店した。なんとこの店は午後2時に開店するのだ。店内すでに賑わっていた。ダメダメオヤジばかりかと思うとそうでもなくて、若いカップルが何組か出入りしていたのは意外だった。暗くなった頃に店を出て野毛を散歩した。いつも思うけども、野毛は奥が深い。探検したい店はてんこ盛り。

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で、野毛のリージェントストリート(笑)、都橋商店街にたどりついたので、突入。そういえばここには伝説のホッピー専門店「ホッピー仙人」があるはず。1日3時間しか営業せず、いつも満員だというウワサだが、店構えだけでも確かめておこうと2階に上がると、行列が。

おや? ここには行列ができるほどの人気店があるの? と思ったらそこがホッピー仙人で、開店を待っている行列だった。時計を確かめると7時5分前。どうやら7時に開店するらしい。5分待てば入店してしかも座れそうだから良い機会だなと待つことに決めた。基本、行列して飲食店に入ることはないんだけど。

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結局15分ほど待った。店主が横須賀で呑んでいて遅刻したからだ。いいよね、このゆるさが。で、サーバーの白生ホッピー。あれ? 確かにうまいね、サーバーの生ホッピーは。なんで? 発酵もしていないのに? 狭い店なので開店と同時に背後に立ち客が。新入りが席に居座るのもナニなので、とりあえず挨拶代わりに1杯だけ呑んで退散することにした。また今度、ゆっくり。

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で、また野毛の中心街(笑)へ舞い戻って3軒目。これがとんでもない店だった。実は散歩中に、開店準備をしていた女店員に誘われていたのだった。「あの頃や」 一見すると風俗店(笑)なんだけども、実は昭和歌謡曲をテーマにしたワンコインバーなのだ。

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客は、備え付けのリクエストノートに好みの曲を書き込む。すると、店内の大型ディスプレイに当時の映像と曲が流れる。一体全体、許諾をどうやって取ったのかは知らないが(ちゃんと許諾を取っていると店員は言っていたが)もう涙ちょちょぎれる映像の数々。いや「数々」どころではなくて膨大なライブラリがある。

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ちょっと意地悪のつもりで「センチメンタルカーニバル あおい輝彦」をリクエストしてみた。多分困るだろうと踏んでいたのだが、何事もなかったようにすんなり映像と音声が出てきた。ナニコレ。どうやって管理してるの? つうかどんだけ蓄積があるの?

すっかり気持ちが良くなったぼくの次のリクエストは「潮風のメロディ 南沙織」。こりゃもう、おじさん、泣くよ。当然、当時の映像とサウンドがすぐに用意されて南沙織の若い歌声が聞こえてきた。で、オジさん、鼻をすすりながら500円のウイスキーをすすったのだった。

この店のスゴイのはそれだけではない。テーブルにはマイクが置いてある。だけど、このマイクは、100円ショップで売ってるオモチャのマイクで、いくらマイクに向かって唄っても音声はスピーカーには届かない。この仕組みはお見事だ。

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この店が提供しているのはカラオケではなくて、ちゃんと歌手が当時の声で歌っている画像とサウンドである。ここは「観」て、「聴」く店なのだ。ただ、懐かしい唄に会わせて自分も唄いたくなる気持ちもわかる。

ただし、多くの不特定多数が集うカラオケスナックがそうであるように、リクエストがかかったとしても、本人以外の客にとっては大概はどうでもいい曲だ。そんなときに、下手な唄をカラオケノリでがなり立てられるのはかなり迷惑だ。しかもここは「観て聴く」がコンセプトの店なんだし。

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というわけで、唄いたいときはこのマイクでね、とオモチャのマイクが用意してあるというわけだ。酔っ払って唄っている本人には、スピーカーから自分の歌声が流れているかどうかなどどうでもいい話なのだし、周囲の客には迷惑もかけないで済む。店のコンセプトを守り、場をすべて丸く収めるオモチャのマイク。いやもう、その発想には痺れた。わかってるよな~。

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野毛は奥深い。気づくのが遅すぎた。これから攻略したのでは、あと20年くらいかかりそうで、気が遠くなる。

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February 04, 2015

着陸態勢つくる。

昨日、病院帰りに、地元のいわゆるファミレスで女房とランチ摂った。例によってランチにサラダバーつけてドリンクバーつけて、2人で3000円しない。すごいね、どうやって経営を成り立たせるんだか、もう手品みたいな世界だなあ。

で、お客の立場にしてみると、この手のシステムはスイッチ入るときがある。フライ系のランチを注文したうえで、オレはカバかと思うくらい、サラダバーの野菜食べた。しかもカレーライス食べ放題だって言うからインド人もびっくりするくらいカレーライスも。お節もいいけど、日本人はカレーだよね。

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こういう食べ放題の店に、プラスチック製の密閉容器持って来たら夕食もカバー出来るねと思うのは貧乏人の下品な発想で、さすがに思っても実行はしないけれども、結局表に容器を出さないだけで胃袋使って同じ事やってるんだよな~。人間に頬袋があったら絶対使ってるね。あさましいったら、ありゃしない。あ、さもしいっていうんだよな。麻生さんに教わった。実際、夕食、食べられなかったもんなあ。

で、あれこれ物思いにふけって結局校正2ページ戻すだけで1日終わっちゃったんだけど、一晩考えて、今日は身の回りを片付けることに決めた。いや、このところ断捨離は続けて来たつもりだけど、本当に自分のやり方にひと区切り付ける。こんなに決意を固めたのは、20回目くらいかな?

少なくとも、資料として保存してきた掲載誌は、送って下さった編集部には申し訳ないが捨てる。思い切って捨てる。自分の仕事の証しとして抱え込んできたけど、捨てる。その他いろんな資料も捨てる。

滑走路を飛び立って高度を上げて巡航していた時代は過ぎて、もうとっくのとうに着陸地を探して高度を下げ始めていることを自覚はしていたんだけど、いよいよだと自覚した。いや、もちろんフラップ思い切り出して揚力は稼いで、気持ちのいい場所にふわりと舞い降りるつもりだけども。

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今日は早速、朝から作業を始めた。そうしたら、ジュラ紀の地層からこんなのが発掘された。愛用のユニホルダー。中学生の頃から使って、二代目。これは15年くらい前に買ったかな? 調べたらまだ売ってる。昔は時間さえあればこれ使って、紙にいろんないたずら書きしていた。それが今のぼくを作った。なのにしばらく行方不明だった。そうか、ぼくは自分をしばらく見失っていたんだなと思った。

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January 25, 2015

廃インク吸収パッドという市販時限爆弾

弊社はモノクロのレーザープリンタと、カラーのインクジェットプリンタを使っているんですけどもね、インクジェットプリンタって、本体価格は安いのに、ランニングコストがベラボウだというのは皆さんご存じの通り。ちょっと使うと、すぐにインクがなくなって、そのインクがウソだろというくらい、高い。

なんか10ミリリットル前後入っている純正カートリッジが、900円弱。しかも、システム上、内部のインクのうち使えるのは60%前後なんだそうです。A4印刷1枚平均20円弱とか平気で言ってるけど、多分かなり条件が良くなければこんな数字は出てこない。インクジェットプリンタでのカラー印刷って、目玉が飛び出るようなコストなんだよね。

だから弊社では、純正インクは使いません。リサイクルカートリッジならば純正の1/10以下で買えますし、自分の手で詰め替えればさらにコストは低下します。インクの品質が違うとも言われているけれども、それにしたって10倍はないよね、10倍は。これは適正価格だと思えという方が無理。で、これまで互換インク使ってきたけれど、全然問題はありません。詰まりもしない。発色も悪くない。

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これがインク詰め替えセットの一部。怪しい。いかにも悪いことをやっているような気分になる(笑)。でも、プリンタメーカーはインクで儲けたいものだからインクカートリッジにつけてあるICチップにいろいろ余計な仕組みを仕込んで、この手の詰め替えや互換インクを邪魔しようとするわけですね。最近ではなんか残量表示ができなくして、プリンタが空打ちを防止するために働かなくなるとかなんとか、随分姑息なワザを仕込んでいるみたい。

互換インクサプライヤーもいろんな手を使って、メーカーの意地悪を回避しているようです。リサイクルによる資源節約の面でも、頑張って欲しいものですよね。ただね、こういうインクカートリッジをめぐる攻防をうまくすり抜けたとしても、メーカーはもうひとつバカバカしいほどの意地悪を仕掛けてきます。それが「廃インク吸収パッド」ってやつ。

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このメッセージ。ご覧になった方も少なくないはず。これが表示されると、もうにっちもさっちも行かなくなりますね。これが何かというと、ふちなし印刷時に紙からはみ出して噴射されるインクや、印刷ヘッドのクリーニング時に噴射するインクを回収するための仕組みなんですね。で、回収したインクはスポンジ状のブロックに吸収されるんです。

驚くべきことに、この「廃インク吸収パッド」には吸収限界があって「これ以上吸収できません」と言いだすわけです。じゃ、新しいのに取り替えればいいわけね、と普通は思うんだけど、ところがどこを探しても「交換用の廃インク吸収パッド」は売られていません。これ、故障扱いでメーカー修理になるんです。

で、メーカー修理に出すと、ぼくの使っている型式の場合、今調べたところ持ち込みで基本料が11000円。これに、送料が加算されます。え? ウソだろ? 本体が20000円もしなかったのに? これをぼったくりと言わずして何と言うか。

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でも、面倒くさがりのぼくは、前回はメーカー修理に出したんですよ。前回は7000円位だった記憶があるんだけどな。値上がりしたのかなあ?

で、廃インク吸収パッドを交換したというのに、それほど時間が経たないにもかかわらず、またもや表示されました。「廃インク吸収パッドが限界です」と。「え? もう? 交換したばかりでそんなに使ってないよ?」と。でも、これが表示されるともうプリンタはまったく動いてくれなくなります。もう容赦なし。

考えて見たら、突然印刷がかすれ始めたので、印刷ヘッドクリーニングを繰り返したんですよね。で、ようやく印刷が正常になったら、これだ。実はクリーニングってインクをバカバカ噴射して、それが全部廃インク吸収パッドに吸い込まれるから確かにパッドの寿命は縮めるんですね。でも、印刷がカスれるというトラブルが起きたからそれに対応しただけなんだけどな。

さすがのぼくも、「あ、こんなバカバカしい道具、もう捨てちゃおう。 もう金輪際、インクジェットプリンタなんか使わない!」と思いましたよ。正常に使い続けていると必ず故障する、というのが今のインクジェットプリンタなんですね。もうね、考えられない。それって市販時限爆弾だよね。こんなの、交換用の廃インク吸収パッドを販売してユーザーが交換できるようにすればいいだけなのにね。

ぼくは、呆然としてしばらくインクジェットプリンタを放置してました。でも、気になってきたんですね。廃インク吸収パッドに関する警告はどういうタイミングで表示されるんだろうと。パッド状のものが吸収するインクの量をどうやって検知してるんだろう、まさか何か光学的なセンサーでもついているんじゃないだろうなと。

で、ネットで調べて見ましたところ少なくとも手元にあるモデルでは、吸収パッドに溜まったインクの量自体はどうでもよくて、インクの噴射ドット数をカウントしていて、その回数が設定値を超えると警告が行われる仕組みらしいということがわかりました。さらに、そのカウンターをリセットする裏技があるらしいという情報も。

とあるサイトから入手したプログラムを使ってカウンターをリセットすれば、プリンターは生き返るらしいんですね。ただし物理的にインクが溢れれば悲惨なことになっちゃうわけだけど、そのときはそのときだから、ぼくはとりあえず英語のWEBにアクセスしてプログラムを入手するという裏技でリセットしてみることにしました。

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アクセスしてみたところ、なんとメーカーアメリカ法人公式のサイトです。まったくもって不可思議な話なんだけど、リセット用のプログラムがアメリカとカナダのユーザー向けには提供されているんですよ。え? なに、これ。 どう見てもメーカー自身が開発したプログラムだよ。なにしろWEBは欧米人向けだけども、最後に表示される使用許諾契約書はいきなり日本語だから。何か悪い冗談をかまされている気分になりますね。なぜ日本ではこれが提供されないんだろう?

自分の機種がアメリカ/カナダではどんな機種名になっているかを調べる必要がありますが、英文のWEBサイトにあれこれ入力して機種を指定すると、圧縮ファイルのダウンロードが始まって、同時にアクティベーション用のコードがメールで送られてきました。別に、ぼくが日本にいるユーザーであっても関係ありません。ただ「アメリカのユーザーだよ」とウソはつきましたけども。

で、そのプログラムを走らせるとあっけなくカウンターはリセットされてプリンターは生き返りました。おかしいよね。海外ユーザー向けにはメーカーが作ったプログラムが提供されているのに、日本のユーザーには「とにかくそれ、メーカーがやらないとダメだから」の一点張りなんだから。

ただ、このひどく回りくどい手続きを済ますとプリンタは生き返るには生き返るんだけども、廃インク吸収パッドを交換したわけではないので、廃インクが溜まっているのは事実なんですね。あれこれネットで情報を集めると、どうやらカウンターは余裕をもって警告を出すのでしばらくは使える、という話なんだけど、それはどうも気持ちが悪い。

そこで、どうせ捨てる気だったんだから、と分解してみることにしました。廃インク吸収パッドがメーカー修理でなければならない理由が何かわかるんじゃないかと思って。

廃インク吸収パッドが何処にあるのかわからないので、分解の方法もよくわからず、雰囲気でネジ外してみたけどうまく分解できません。で、眺め回していたら、なんか奇怪な楕円形の穴が見つかったんです。覗いてもネジは見えない。ただ、ここにこんな穴が空いている理由が何かあるはずだなと、細いドライバーを突っ込んで様子を探ってみたら、プリンター底部のパネルが微かに反応するわけです。

おや? と、もう少しいじくるとパネルがパカッと開きました。秘密の扉かよ~。 で、パネルを剥がしてみると、ありましたよ、そこに廃インク吸収パッドが! ところがね、よくよく観察すると、もうね、がっかりするくらい原始的な仕組みで仰天です。

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パネルの裏に、合成繊維のパッドが並べてあって、廃インクはパイプで流れてきてそのパッドに垂れ流されるという仕組み。黄色で示したパイプから廃インクが流れてきて、赤で示したコレクタータンクに流れ込み、パッドへ配分されます。チェックすると、パッドの8割方は黒く変色してますが、まだ白い部分も残っていますね。要するにただのオムツ。いやもうふざけた構造です。

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黄色のところに注目。インク吸収の境界ですね。下側の白い部分を廃インクが浸食していくわけですが、まだこれだけ余裕があったということです。構造は簡単。こんなの、パッドを売ってくれれば、ちょっと器用な人ならどうにでもなるじゃないの。しかもこのパッドが1万円? え? またもやウソだろ? の世界ですね。

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これが廃インク吸収パッド。狭いスペースに詰め込むためにいろんなサイズと形があります。敢えて言うならば、交換する場合これが難しいかもしれないけど、説明書があればどうにでもなるよな~。パッドを洗って乾かせばいいかなあ、と思ったけれども、この垂れ流し構造ではいずれパッドはインクで一杯になってしまうわけで、それなら排出パイプを引っぱって、プリンタ外部に放出すればいいじゃないの、と余計なこと思い立ちました。で、仕事場の棚を探すとあるわけですよ、ちょうどいい径のシリコンパイプが。ぼくの仕事場も仕事場だよね。

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まずはドリルでガリガリとパネルに穴を開けました。手元に見つかったシリコンパイプは偶然にも、廃インクが流れてくるプリンタ側のパイプにピッタリサイズ。で、プリンタ側のパイプをパッドから外してシリコンパイプにつなげました。これをプリンタ外へ引き出せばいいわけです。ただ、シリコンパイプを通すスペースがないので、パッドの一部を取り外す必要がありました。全部現合で、ちょっと穴の位置を間違えてフタが閉まらなくなっちゃったので穴を開け直さなければなりませんでしたが。

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黄色で示したところでシリコンパイプをプリンタ側の排出パイプと結合。シリコンパイプの先は、お茶かなにかのペットボトルで受けました。オイルキャッチタンクだね~。なんかホンダRA271がデビュー時にコカコーラの缶をマシンにくくりつけて応急的なオイルキャッチタンクにしたのを思い出しました(笑)。

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で、プリンタをリセットして試しに印刷ヘッドクリーニングをかけましたところ、すごいんだ。シリコンパイプからものすごい勢いでインクが流れ出すんですよ。今まで視認出来なかったから気軽にヘッドクリーニングしていたけど、こんなにインクを無駄遣いしていたのかよ! と驚きました。高価なインクは無駄遣いするし、その分高価な廃インク吸収パッドは使うしで、これは確信的ボッタクリシステムと言わざるをえませんね。

半日、闘いましたとも。イラつきながらね。なぜこんな仕組みの商品が野放しになっているのかと。どこか良心的なメーカーは、廃インク吸収パッド交換可能なモデルを作れ、と。インクももっと安くするなり、互換インクを堂々と使えるようにしろと。そもそもカウンターリセッターが、なぜ日本国内では公式に配布されていないのか、と。その辺が改善されない限り、多分ぼくはもうインクジェットプリンタは買いません。で、プリンタ、元気に働き始めました。

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January 02, 2015

駅伝大会に出たことがあるよ

もう丸6年も前になりますかね。「逗子市内一周駅伝」に地域のチームの一員として出走したのは2009年のことです。この駅伝大会、地域のイベントだからと舐めちゃいけないんです。09年で開催回数56回を数え、地区対抗部門に出走するチームは、中学、高校でバリバリ現役陸上選手だとか、ナントカ選手権に出た経験者だとか、その手の猛者を集めて、非常にレベルが高いんです。ひょんなことからそこに第2チームとはいえ加わっちゃったんですね。

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ぼくが担当する第5区4.4kmは、トップの選手が16分で通過予定になっているわけです。これ、わかる人はわかると思うけども、そこらのランナーではとても届かない、よほど訓練を積んだ「専門職」のタイムなのね。前もって一応ひとりで試走してみたら、ぼくは23分30秒かかりましたよ。本番では交通規制の限界があるのでトップ選手通過後わずか7分で繰り上げスタートになるというルールで、ぼくはたとえ上位で襷を受け継いでも第5区への中継点で仲間に襷を引き継ぐ可能性は限りなく低いという計算になりますね。

要するに、シロウトはお呼びではないレベルの大会なんですけども、地域の体育会としてはぼくのようなオヤジランナーも引き入れたい意向があるようで、なぜかわたしにお呼びがかかったんですよね。ええ、前夜のミーティングでは正選手を固辞しましたとも。でも、監督には「第4中継所まで襷がつながるのは上位数チームで、残りはみんな繰り上げスタートになる、22、3分で帰ってきてくれれば御の字です」とかなだめすかされて、覚悟を決めちゃいました。試走タイムが23分30秒だったとは言い出せませんでしたが。

スタート/ゴール地点となる逗子アリーナに集合の後、マイクロバスでそれぞれの中継点へちらばるんだけども、第4中継所へ向かうバスの中では高校生らしき選手たちが、箱根駅伝について語らってるんですね。耳ダンボにして話を盗み聞きしていると、彼らはどうやら大学陸上部で箱根駅伝出場を目指している様子。

あら~、そんな子供達とおじさん、一緒に走るのかい? と若干怖じ気づきましたけども、中継所でウォームアップしているうちにスタート予定時刻が迫ってくると、どこか気持ちがワクワクしてくるからどんだけ競争好きなオヤジだよと自分で自分にあきれました。

で、スタート時刻が過ぎ、予想タイムを考えてそろそろ第4中継所に選手たちが来るぞと待つ、その間の緊迫した空気は、なんだかピリピリして快感、でした。結局首位がぶっちぎりで第4中継所を通過したため、規定時間内に襷がつながったのは上位4チームだけ、残り30チームは7分後、一斉に繰り上げスタートとなりました。ぼくにとっては、変なプレッシャーを受けずに済むありがたい展開でした。

ところがやはり大会のレベルは高かったんです。参加34チームのうち約半分が地域対抗部門で、残りは団体参加部門にクラス分けがされていて、団体参加部門には幼稚園の女性教諭だとか地元のランナーズクラブだとか、比較的親近感(笑)をもって接することができるチームが参加しているんですね。

で、ぼくはそのグループで闘うことになるんだろうなと思っていたんですが、一斉スタートするやいなやぼくは主流からどんどん引き離され、最初1kmの長い登りで、早くもブービー争いを女子ランナーと展開するに至ったわけです。(ブービー争いだったとは走行後わかったことで、ぼくはまだ4、5人は後ろにいると思いながら、いや、祈りながら走っていたわけですが)

第5中継所2km手前で女子ランナーに先行されたんですが、頑張って抜き返しました。でもその後抜き返され、あとはじりじりと引き離されてしまいました。この時点でぼくの後ろにはたった1人の選手しかいない状況です。ぼくはなんとか前方の女子ランナーを追いかけて、交通規制が途切れないように頑張りました。

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後方集団は選手の間隔が開いてしまうので、コースを管理しているおまわりさんが交通規制を解除してしまうわけですね。ぼくの前で一旦通行止めが解除され、ぼくが来るのを待って「おや、まだ選手がいたのか」的にまた通行止めが行われるという状況は、あまりにも情けなかったですから。せめてもの見栄ってやつですね。

というわけでなんとか4.4km走りきりました。当然ながら、第5中継所でも繰り上げスタートが行われた後で、ぼくの襷は第5走者には渡りませんでした。襷をもらわずに走り始め、襷を渡さずに走り終わるという、駅伝だかなんなんだかよくわからない、オマエなにやってんの的状況ですね(笑)。

ぼくのタイムは21分10秒。「22、3分で」という監督の注文はとりあえず充たしたし、100m平均29秒、平均時速12.47kmというペースは、自分としては上出来でしたが、それでも第4区間出走34人中33位の記録なんですね。とほほ。

このオヤジの鈍足のおかげで我が沼間Bチームは地域対抗部門で参加14チーム中12位に終わりました。みんな、ごめん。でもまあ、この年齢になってこの手のプレッシャーにさらされるというのも、なかなか気分の良いものではありますね。少なくともぼくは十分競争を楽しみましたよ。

お昼は地域の集会所で体育会の長老たちに招かれる形での慰労会(と言う名の昼酒飲み会)に出席しました。選手挨拶で「デビュー戦だったがそろそろ引退したい」と結びましたら、「あと5年はいける!」と長老たちから声がかかりました。

そうかあ、あと5年しかできないかなあと複雑な気分になったぼくは調子に乗って、大昔スキーで傷めたまま誤魔化していた膝の古傷を治してもっと思い切り走れるようになろうと翌年手術に踏み切りました。でもあれこれ理由があってリハビリに失敗してしまい、走るのが逆に億劫になってもはや5年を経過してしまったわけですけども。

自分の脚で走る必要のない自動車レースですら、もう引退かなと思っている今日この頃。箱根駅伝を観たり、逗子市内一周駅伝が近づいてきたりするこの季節、やっぱり心のどこかが落ち着かなくなるのは、まだ競争したいという意欲が残っているってことでしょうかね。悪いことではないだろうなとは思っているんですけども。

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December 20, 2014

SUICAは危険なのだ

いやもう、大変な目に遭いましたよ。ゆうべ四ツ谷で知人の誕生を祝う忘年会(笑)をして四ツ谷駅にかけこみましたところ、人身事故の影響で遅れが出ているとアナウンスが流れるんです。そのときは「あ~、失敗したな、地下鉄で新橋へ出れば良かった」と、事態を甘く見ていたんですね。ところが、本当に電車が来なくて、結局東京駅に着いたのは、東海道線や横須賀線の終電が発車した後でした。

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「あら~、どうしたもんかな」と東京駅の駅員に尋ねました。すると改札の駅員さんは「とにかく京浜東北線に乗って行けるところまで行け。行き着いた先の駅で対応する」と言うんです。「えっ、対応してくれるの?」と聞き直したら「対応する!」と。それで慌てて京浜東北線の下りに飛び乗りました。この時点では「へえ、JRは結構サービスいいんだな~」と思ってました。

ただ、飛び乗った京浜東北線も怪しくていろんな接続を待つためか、駅で15分も止まったりしながら終着の磯子駅に到着したのが2時半頃でしたか。随分南下はしたけれども、逗子の自宅までは歩いて帰れる距離ではないですね。

で、対応っていうのは多分タクシーかなんかに乗せてくれるのかなと思って改札に行くと、仰天の展開が。なんと駅員さん「定期券もしくは行き先までの乗車券を持っているお客様のみ対応する」と言うんですよ。つまりSUICAで電車に乗っていたぼくのような客は相手にしないと。

頭がぐるぐるになって「なにそれ?」と聞くと、「定期券と乗車券は運賃を支払った後で電車に乗っているが、SUICAは改札を出る時点で課金されるのでまだ運賃を払った状態ではない。したがって振り替え輸送の対応義務は生じない」という理屈なのね。あら~。あれほどSUICA、SUICAと売っておきながら、運送約款杓子定規解釈に基づいてタダ乗り扱いかよ~。つうかSUICAってのは「プリペイド」電子マネーだったんじゃないのか?

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しかも東京駅の駅員さんは確実に「行けるところまで行け、そこで対応する」と言ったんですよ。だから京浜東北線に乗って中途半端な磯子駅にまで流れ着いたんだから責任はあるでしょうに。東京駅で「対応できない」と断言してくれていれば、ぼくは帰宅をそこであきらめて、新宿のオカマバーにでも行って始発まで呑んでいたはずなのね。

いやもう食い下がりましたとも。「じゃあタクシーに乗せてくれなくてもいいから寝床を提供してくれ(笑)」と。当然ながら駅員さんは「それもできない」と言うわけです。じゃあこの寒空の下、オレに凍死しろとでも言うのか! とは怒鳴りませんでした。最近のぼくはとても大人しいオッサンになっているので、大きな声は出さないのです。

同様の立場に追い込まれているお客さんも数人いて、怒鳴り始めるもんだから、むしろそれをなだめちゃったりしました。他のお客さんは少々悲壮だったけど、ぼくはもう今年は仕事納めしちゃったし余裕もありました。駅員さんが悪いわけでもないしね。ただSUICAは相手にしないって、それどうなのよとは思いましたけどもね。

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そのうちタクシー乗り場の前には長蛇の行列ができるわけです。京浜東北線1編成分のお客さんがそこにならんでいるわけだから。で、ぼくはなごやかな顔をしながらも「ここ、動かないかんね」とがんばり続けました。本当にどうしようもない状態だったし、正直言うと、実は半分おもしろがっていた面もあるんですよね。こういう事態はこれまで他人事としては聞いてきたけれども、実際にはどう展開していくのか興味もあって内心ワクワクしてたんだと白状しましょう。これって話の種だよね~と。

で、最後の最後に、しぶしぶ出てきました、代行輸送依頼書が。まあ、例外的な処置ですね。念のため言っておきますが、ぼくは怒鳴ったり食って掛かったりは一切してませんから。ただ代行輸送依頼書は、一人1枚くれるわけではなくて、同じ方向へ行く客を2、3人ずつまとめて乗り合いさせるんですね。だからタクシー乗り場の列とは別に、代行輸送依頼書を配布する列があって、一番前で駅員さんが「藤沢方面のお客さま~」とは「逗子、鎌倉方面のお客さま~」とか手を上げさせてグループを作るんです。

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まあ、乗り合いに関してはぼくにはまったく異存はありません。家へ帰らせてもらえればいいだけですから。場合によっては、本当に始発が来るまで駅の中のどこか暖を取れる場所に寝かせて貰えるだけでも良かったんです。でも中には「乗り合いなんか嫌だ~!」とか文句をつけるお客さんもいました。こりゃちょっと醜かったな。あと「横浜に帰る!」と言う客もいました。おいおい、横浜には電車で帰れたはずだろう、ただの終電乗り過ごしじゃないか、と。

でも総じて「これがニッポン人の民度ってやつか~」と改めて思うほど、みなさん粛々と並んで寒空の下タクシーを待ちました。ぼくは鎌倉方面のお客さんと3人のグループにされました。ものすごい行列の後尾についたので、こりゃタクシーが来るか始発が走るかだな、と覚悟しましたが、案外回転がよくて、さほど待たずにタクシーには乗れました。聞けば、ぼくがゴネている間は、タクシーがなかなか来なくて行列もあまり進まなかったらしいですけども。

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で、ぼくのようなややこしい客の処理が終わって、ようやく磯子駅はシャッターを下ろしました。ホント、ご苦労様でした(笑)。最後の最後に、ぼくが食い下がっていた駅員が来て「実は同じようなことが何度も起きるんですよ。でも会社の指示があって……。東京駅で、とにかく行けるところまで行け、と言っているのも知ってます」と、ぼくにこぼして去りました。東京駅に面倒な客を押しつけられた磯子駅の駅員さんも大変だったよな~(他人事)。

というわけで磯子駅からタクシー飛ばして(笑)家へ帰り着いたのは4時前でした。おもしろい経験だったけど、1回でいいかな。それにしても覚悟して使わないとSUICAは危険だよね。

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November 05, 2014

クルマ(多分)盗まれたことあるよ

15年ほど前に某週刊誌にコラムとして書いた原稿を10年ほど前に自分のWEBで公開していたのだが、このたび思い立って再録しますよ。以下WEB記事再録です。

解説:
週刊漫画ゴラクに連載コラムを連載してもう5年ほどになる。(2001年3月現在)
自動車に関わるあれこれを書けという話で、自動車レースの話ばかりでも漫画誌の読者は飽きるだろうと、できるだけサーキット外の話題を選ぶことにした。といって、いわゆる自動車評論家の乗用車レポート的原稿は書きたくはないので、こういうしろものを積み重ねてここまで来た。収録は2000年2月下旬に掲載された連載第190回と191回である。

Univ本文:
『うちのクルマ、知りませんか』
物騒な世の中になったようで、車上荒らしどころかクルマを丸ごとトレーラーに乗せて持ち去る盗賊団が横行しているらしい。こんな大胆なことやられたんじゃ被害者もびっくりするよなあ、と思うワタシ自身が実はかつて、クルマを持ち去られた経験の持ち主だったりする。

もう大昔のことだ。学生時代、大学の構内にクルマを止めて飲みに行き、クラブの部室で寝るなどということをよくやっていた。少々飲み過ぎたある朝、部室で目覚め、二日酔い気味で講義を受け、夕方帰宅しようとしていつもの駐車場所へ行って、そこにクルマがないことに気づいた。いや、正確には「はて、ゆうべはどこにクルマを止めたんだっけ」と考え込んだ。

まさか自動車が一夜にしてなくなるなどとは思わない。しかも痛飲した翌日のことで脳味噌の動きも怪しい。「いけね、クルマを止めた場所を忘れちゃったよ」と、ワタシは見当はずれの慌て方をした。おそらく盗賊団にクルマを持ち去られた被害者の中にも、こんな思い違いをした人間がいるはずだ。

考えても考えても、クルマをどこに止めたか思い出せない。いつもの場所に止めたような気がするが、深酒の影響か記憶があやふやだ。結局、友人知人に電話をして「オレ、どこにクルマを止めた?」と聞きまくることになった。だが誰も他人のクルマのことなど気にしてはいないものだ。ところがそのうち、ある後輩が「あれ?今朝、ぼく、センパイのクルマと対向しましたよ」と言い出した。当時のワタシのクルマはラリー用ガリガリチューニングと塗装が施してあり、見間違うわけがない。

だが、その場に及んでもワタシはクルマを盗まれたことに気づかなかった。なんとまあ人の良いことに、「そうか、貸してたんだ。でもオレ、誰にクルマを貸したんだっけ」と、まだ首をひねっていたのだ。だが、どうしても思い出せず、ワタシは「深酒は怖いな~、脳味噌が壊れるんだな~」などとこれまた見当違いの感心をしながら、部室に戻りコタツに入って誰かがクルマを返しに来るのを待った。ところが夜が更けても誰も帰ってこない。

ワタシのクルマを目撃したという後輩に確かめると、「確かヒゲ生やして毛糸の帽子かぶった男が運転してました」と言う。そんなヤツは知らないし、さすがのワタシもようやく「これって、盗まれたってことかいな」と心配になってきた。自分のクルマが見あたらなくなって丸12時間以上経ってからのことだから、お人好しにもほどがある。という話は次号へ続く。

463362_396271697120963_1718979085_o『レンタカー的盗難事件』
前夜大学の駐車場に止めておいたマイカーが忽然と姿を消した、という情けない話の続きである。ワタシのクルマが走っているのを目撃した人間が現れるに至って、のんきなワタシもようやく「盗まれたらしい」と気づき、けれどもどうすればよいのか思いつかずにとりあえず近所の交番へ行った。

だがクルマの盗難は置き引きの延長であって、届け出を受理するくらいしか警察も動きようがない。空き巣ならば現場検証に出動もしたのだろうが、乗用車の盗難、しかも盗まれた当人が「たぶん盗まれたんだと思うけど」と首をひねっている有様だから担当警官も困惑したに違いない。クルマはあんなに図体が大きなしろものなのに、ほんとに盗まれ損だ。

で、ワタシの事件だが、届け出たきりワタシには為すべきコトが何もなくなってしまい、虚しい日々をおくることになった。これが強奪でもされたのなら怒ったり悔しがったりもできたのだが、置き引きというのはなんとも気持ちのやり場のないものである。ところがクルマが姿を消して1週間ばかり経ったある日、下宿で寝ていると後輩が大学から電話をしてきた。「あのう」と彼はオズオズと語り始める。「クルマが、校門の脇に止まってますけど」

一瞬、何が起きているのかわからなかった。要するに、行方不明だったワタシのクルマが、勝手に大学へ帰ってきた、というのだ。慌てて現場へかけつけると、間違いなくワタシのクルマが何事もなかったかのように止まっている。自分のキーを使ってドアを開け各所を調べたが、何も壊れていないどころか、乱雑だった室内が整理されており、さらにガソリンがタンクに半分ほど増えていたりした。

ワタシの頭は混乱した。「オレはやっぱり誰かにクルマを貸していたのか?」と。だがわたしはずっとキーを持ったままだった。確かに戸締まりも怪しい自動車部の部室にキーを放置することはあった。そこに忍び込んだ何者かがキーをわざわざ複製したうえでワタシのクルマを持ち出し1週間ドライブした後、掃除しガソリンを入れて返してくれたということなのか。

結局真相は現在に至るまで明らかではない。果たしてあれは盗難だったのか。それとも酔っぱらいすぎたワタシがすべての記憶をなくしてしまっただけなのか。クルマが消えたときも不思議な気分だったが、戻ってきてなおさらわたしは不思議な気分になった。もう20年以上も前の話だ。万が一真相を知っている人がこれを読んだら、いまさら怒らないからぜひ連絡を。

(再録終わり)

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