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2020年3月14日 (土)

科学と新型コロナウイルス

科学は、世の中の物事はすべからく非常に曖昧なのだということを理屈と証拠をもって明瞭に説明する作業だと思っている。ところが、科学をあまりご存じない方々は、科学によってすべての物事が自分の目に見える形で明瞭に説明できるはずだと信じていらっしゃるようだ。

 

このところ連発されている「新型コロナウイルスの感染予防法」を見聞きすると、つくづくそれを思う。この世の中に「感染しないための方法」など存在するものか。あるとすれば、あくまでも「感染の確率を下げるための方法」である。

 

満員電車に乗れば、感染するかもしれないし感染しないかもしれない。少なくとも今回の新型コロナ肺炎については、できるだけ感染の可能性を下げながら、もし感染したらしようがないからこれまでの肺炎同様の治療方法の延長で治そうな、という話だ。ワクチンも”特効薬”も存在しないのは事実だが、治療方法がないわけではないし実際治癒もしているようではないか。

 

ところが科学に疎い方々は「絶対に感染しない方法」はどこにあるのかと追い求め右往左往していらっしゃる。ちょっと待て。これまでオマエはそんなにしょっちゅうインフルエンザをはじめとする感染症に罹患していたのか、ウイルスやら菌やらがウヨウヨいる世間をくぐり抜けてきたのではなかったかと。

 

感染者数が増えるたび多くの方々が怯えるが、ぼくは逆だ。数字を見る限り死亡率がどんどん下がっていくからである。もちろん感染者数も死亡者数も実数はどうなんだよとは思うけれども、多分ぼくの考え方の方に分はある。選挙の出口調査で結果がほぼ推定できるようなものだ。それが統計であり科学である。

 

物質の根幹は原子だが、その原子は絵で描けないしろものだということを思い出せばいい。いや確かに昔は「絵」が存在した。原子核の周囲を、ある軌道に乗った電子が周回しているという例の絵だ。

 

Attachment1

 

しかし現在はこうした絵は誤りだとされている。今は、原子核の周囲に電子が存在する確率としてぼんやりとした雲状の”雰囲気”が示されるだけだ。この世のすべてのモノは、かように曖昧なしろものなのだ。

 

目に見えないウイルスから逃げるための絶対的解決策などという幻を追い求めているヒマがあるなら、事態は非常に曖昧であることを認め対策は今自分ができることだけはしてそれ以上は必要以上に怯えず、経済を回すことに心砕いた方がよっぽど我が身のためだと思うのだ。もちろん、自分が感染し病死する確率を織り込んだうえで、の話だが。

 

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