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2018年8月15日 (水)

戦争反対という文言について、の巻

「戦争反対」という文言には虫酸が走る。デモ参加者が「戦争ハンタ~イ」とシュプレヒコールを上げるのを聞くと、頭がくらくらするほど腹立たしくなる。

だからと言って戦争を賛美する気はさらさらない。それどころか断固たる非戦論者である。ぼくの父親は天皇陛下を信じて従軍し酷い目に遭った、ある意味戦争被害者である。その息子のぼくは二度と戦争に関わって被害者になるつもりはない。

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ではなぜ「戦争反対」の文言に腹が立つのかと言うと、ぼくは、戦争は「反対」するものではなくて、自分が主体となって「しない」ものだと信じているからだ。「戦争反対」という言い方は、戦争がまるで他人事のように聞こえる。戦争は誰か自分以外のケシカラン輩、敢えていうならば「国家」「国体」が勝手に始めるものだ、ホント~にやめてよね、と聞こえる。

違う。戦争は自分の問題である。自分が「やらない」と決意し行動しなければ戦争は起きる。「ハンタ~イ」と他人任せにして満足して、何をすれば戦争が起きないのかを考え何も成さないでいれば戦争は起きて自分が巻き込まれてしまうのだ。敢えて言うならば「再軍備ハンタ~イ、戦争ハンタ~イ」などと無責任に騒いでいる輩こそが戦争を招くのである。

ぼくは戦争はしない。戦争をしないためには何を成すべきなのか考えて、そして行動する。でもその答が、「戦争ハンタ~イ」などという脳天気な責任転嫁であるとは到底思えない。

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