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2018年2月11日 (日)

日劇ラストショウと登戸銀映と白夜の陰獣のことなど

先日、「さよなら日劇ラストショウ」に出かけて朝からラストまでゴジラ映画を3本見た。「シン・ゴジラ」「ゴジラ(1984)」「ゴジラ(1954)」というラインナップだ。映画館でこんなに映画を観たのは本当に久しぶりのことだった。座席に座って、いったいいつ以来だろうとつらつら考えているうち、登戸銀映のことを思い出した。

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ぼくは小学生から中学生までの多感な時期を、小田急線沿線の新興住宅地で神奈川県民として過ごした。小学校時代、夏休みや冬休みなど長い休みの前には学校で休みのしおりや宿題帳など様々なプリントが配布されたが、その中には大抵登戸銀映の割引券が混ざっていた。

登戸銀映は、向ヶ丘遊園の駅前にあった地元の映画館で、いわゆる三番館である。ただの三番館ではない。ぼくの記憶では客席の床が土を固めた土間になっていて、しかも客席の後方には売店が店を開き確か上映中も照明をつけて物品販売をしていた。

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ここではビン入りのミルクコーヒーを飲んだ。登戸銀映でしか見かけないような飲み物だった。なにしろロビーに出る必要はなくて、上映中にちょっと席を立てば振り返ってスクリーンを観ながら買い物ができるのだ。きわめて便利だが実にユルユルな、昭和の田舎の映画館だった。

小学生のぼくはここで、ゴジラをはじめとする東宝特撮映画、大映のガメラ映画、東映の妖怪映画、洋物スリラー映画などを繰り返し観た。そのどれもが記憶に刻まれて残っているから、本当に多感な時期だったんだろう。中でも「白夜の陰獣」はエロシーンもあって妙に印象に残っている。

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小学校で配布するサービス券で入場した小学生にこれほど雑多な映画を見せていたんだから、おおらかな時代ではある。白夜の陰獣のエロシーンにかなりの衝撃を受けて帰宅したぼくは、ラスプーチンというのはいったい何者なんだろう、ロシア帝政っていったい何だろう、といろいろ調べることになるのだから、何が勉強のきっかけになるのかわからない。登戸銀映で吸収した知見が、その後のぼくにどんな影響を及ぼしたのかと考えると若干、怖くもなる。

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検索してみると、登戸銀映はとっくのとうに廃業しているようだ。あの手の三番館に生き残る道はなかったんだろうと思うと切ない。ちなみに「白夜の陰獣」はDVD版が今でも容易に手に入るようだ。観てみたいような観たくないような複雑な気持ちである。

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