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2018年2月24日 (土)

石垣島で幸福と不幸を思ったのだの巻

不幸というものは他者との比較から生まれると言うが、改めてそれを思った。先日石垣島をふらつく道中で、捨て猫を保護しながら猫のギャラリー&雑貨販売「にゃんこのしっぽ」を営む栗原さんのお店=自宅へうかがったときのこと。

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栗原さんが自宅&庭&猫舎で面倒を見ている35匹に及ぶ保護猫の多くは病院での治療を必要とする個体である。栗原さんはまさに格闘するように彼らを養っている。その中にケンタロウがいた。ケンタロウは猫エイズを患っているばかりか癲癇も抱え、さらには脳障害の影響か重い自傷癖も持っていて、まともな歩行もできない。どうやら排泄も決まった場所ではできないようだ。

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彼の左後ろ足は自傷で噛みちぎられる寸前だったそうで、今でも露出したままだと噛んで傷つけるので栗原さんは包帯のケースでプロテクターを作りカラーを付けて保護している。「いろいろ試したけど、これが今のところ一番いい」のだとか。言ってはナニだが、無責任なペット愛好者ならば捨てたくもなるだろうと思える状態である。このぼくですら、彼がよたよた歩くのは見ていて辛くなった。

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ところが栗原さんは「猫本人は自分を不幸だなどと思っていないから平気で暮らしているんです」と笑いながら甲斐甲斐しく世話をする。それを聞いてぼくは何かショックを受けた。

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猫に限らず保護とか介護とかの過程では意識の中にどうしても「比較」が混じり込む。「比較」があるから自分の中に不幸を生み出したり他人に不幸を押しつけたりする。たとえば「ああ、わたしは不幸だ」と思うのはおしなべて幸福な他者をうらやむからだ。一方、「ああ、あの人はわたしよりも不幸だ」と思うのは不幸な他者を自分の下に置いて哀れむからなのだ。この比較は無意識のうちになされるから始末が悪い。


ケンタロウを見て心の中で「かわいそうだ」と思うこと自体は許されるかもしれない。でも「ケンタロウはつらい」と思うのはケンタロウに不幸を押しつけ、幸福な自分あるいは自分の飼い猫とは異なる世界の生き物だと区別した結果である。ケンタロウ自身はそんなことはみじんも思っていないからだ。

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では「ケンタロウの世話をする栗原さんは大変だ」と他者が思うのはどうなのか。難しい問題である。少なくとも栗原さん本人は苦労はしていても「つらい」とは思っていないように見えた。

ケンタロウの保護は、幸福と不幸の区別をしている限りはできないだろう。栗原さんは少なくとも区別はせずにケンタロウと接している。もし区別したら、ケンタロウを不幸な猫、異質な猫と分類して捨ててしまった無責任な輩と意識のレベルはさほど変わらないことになってしまうからなのだろう。

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だとしたら、ケンタロウを区別してしまいそうだったこのぼくに、捨て猫するアンポンタンを罵る権利があるのかどうか怪しくなる。ペット飼育はカワイイカワイイでは済まないことはわかっているが、突き詰めて考えたときそもそもぼくにペットを飼育する資格があるのかどうか。いやいや、ことはペットの飼育には限らない。自分は幸福なのか不幸なのか、ではあの人は幸福なのか不幸なのか。そんなことを考えること自体、いったいどうなのか。

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この手のテーマで自分を追い込むのは余り良いことではないような気もするが、気軽に寄ったはずだった「にゃんこのしっぽ」で、なんだか大変な課題を背負い込むことになった。答は容易には出てこないだろう。でもその間も栗原さんと猫たちは暮らし続けている。

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もし石垣島へ行く機会のある猫好きがいたら、寄付しろとは言わないけれども、ぜひ「にゃんこのしっぽ」へ寄っていただきたい。今は猫の世話で忙しくてなかなか制作ができないと栗原さんは言っていたけれど、栗原さんの描く実物大トールペイントはなかなかの作品だと思う。栗原さんは保護猫を治療するためのクラウドファンディングも立ち上げるので、要チェック、ということで。

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にゃんこのしっぽ:https://myaaa-ishigakijima.jimdo.com/

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2018年2月11日 (日)

日劇ラストショウと登戸銀映と白夜の陰獣のことなど

先日、「さよなら日劇ラストショウ」に出かけて朝からラストまでゴジラ映画を3本見た。「シン・ゴジラ」「ゴジラ(1984)」「ゴジラ(1954)」というラインナップだ。映画館でこんなに映画を観たのは本当に久しぶりのことだった。座席に座って、いったいいつ以来だろうとつらつら考えているうち、登戸銀映のことを思い出した。

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ぼくは小学生から中学生までの多感な時期を、小田急線沿線の新興住宅地で神奈川県民として過ごした。小学校時代、夏休みや冬休みなど長い休みの前には学校で休みのしおりや宿題帳など様々なプリントが配布されたが、その中には大抵登戸銀映の割引券が混ざっていた。

登戸銀映は、向ヶ丘遊園の駅前にあった地元の映画館で、いわゆる三番館である。ただの三番館ではない。ぼくの記憶では客席の床が土を固めた土間になっていて、しかも客席の後方には売店が店を開き確か上映中も照明をつけて物品販売をしていた。

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ここではビン入りのミルクコーヒーを飲んだ。登戸銀映でしか見かけないような飲み物だった。なにしろロビーに出る必要はなくて、上映中にちょっと席を立てば振り返ってスクリーンを観ながら買い物ができるのだ。きわめて便利だが実にユルユルな、昭和の田舎の映画館だった。

小学生のぼくはここで、ゴジラをはじめとする東宝特撮映画、大映のガメラ映画、東映の妖怪映画、洋物スリラー映画などを繰り返し観た。そのどれもが記憶に刻まれて残っているから、本当に多感な時期だったんだろう。中でも「白夜の陰獣」はエロシーンもあって妙に印象に残っている。

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小学校で配布するサービス券で入場した小学生にこれほど雑多な映画を見せていたんだから、おおらかな時代ではある。白夜の陰獣のエロシーンにかなりの衝撃を受けて帰宅したぼくは、ラスプーチンというのはいったい何者なんだろう、ロシア帝政っていったい何だろう、といろいろ調べることになるのだから、何が勉強のきっかけになるのかわからない。登戸銀映で吸収した知見が、その後のぼくにどんな影響を及ぼしたのかと考えると若干、怖くもなる。

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検索してみると、登戸銀映はとっくのとうに廃業しているようだ。あの手の三番館に生き残る道はなかったんだろうと思うと切ない。ちなみに「白夜の陰獣」はDVD版が今でも容易に手に入るようだ。観てみたいような観たくないような複雑な気持ちである。

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