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2016年3月23日 (水)

ベルギーテロに思う

88年だったか89年だったか、ブリュッセルに初めて出かけたとき、空港にたどり着いたのはもう夜も遅くで、しかも宿の予約も何もしておらず、確か翌々日空港からレンタカーを予約してあるだけの状況だった。なぜそんなスケジュールになったのか覚えていない。

もうしかたがないので、空港で客待ちしていたタクシーに乗って「どこか宿を探してくれ」とお願いしたら運転手が気のいいおっちゃんで、「オレの知り合いが小さなホテルをやっているがいくか」と言うから、藁にもすがるつもりで行くと答えた。

「これはなんかとんでもないところへ連れていかれて身ぐるみ剥がれるパターンかいな」と心配はしたけれど、当時のぼくにはほとんど怖いモノはなくて、なるようになれ状態だったので、どうなるかおもしろいや、と座席の上で覚悟を決めたものだった。

ところがおっちゃんは約束通りEC本部(当時)近くの小さなホテル(というより民宿)にクルマをつけ、ホテルの中に入っていくとフロントのおばちゃんと何やら交渉し始めた。その様子が路上に駐めたタクシーの座席からすべて見えるくらいの規模の民宿だったということだ。

しばらく交渉したおっちゃんはクルマに帰ってきて「いくらいくらだけど、泊まるか」という。もういくらだったか忘れたけれど、ぼくが想定していたよりはるかに安い宿賃だったので泊まる、と言ってその場でチェックインした。おっちゃんはその様子を脇に立って待っていた。

そのときぼくは夕食を摂っていないことに気づいた。「あ、そうだ、この辺で食事が出来るレストラン知ってるか」とおっちゃんに聞いた。もう夜も遅いので、レストランは無理かなと思った。するとおっちゃんは「日本料理がいいのか?」と聞きかえす。

食べるものは何でも良かったんだけど、疲れていたし早く寝たかったしで「日本料理屋があるの?」と聞くと「近くにある」という。「じゃあ、そこに行こう」と言って、ぼくは荷物だけを置いてまたおっちゃんのタクシーに乗ってレストランへ向かった。

店に着いたら結構大きな日本料理屋だった。夜も遅く客もまばらだし、一人で食事するのもナニだなと思って、ぼくはおっちゃんに「一緒にご飯食べない?」と聞いてみた。おっちゃんは驚いて「オレと?」と言うから「そう」と答えた。その頃までにはつたない英語(っぽい暗号)のやりとりでおっちゃんの人となりが雰囲気つかめたような気がしていたので誘ってみたのだった。

おっちゃんは夕食はまだだと言うので「じゃあ一緒に食べよう」と誘って、二人で店に入って食事をした。何を食べたかまったく覚えていないけれど、テーブルに向かい合って、家族のこととか明日からどうするのかとか、いろいろ身振り手振りを交えて話しながら日本料理を食べた。お勘定は結構なお値段だった記憶があるが、もちろんぼくが払った。楽しい夕食だった。

ぼくは翌日は1日空いていて、ブリュッセル観光でもして時間を潰そうと思っていた。ホテルへの帰り道、おっちゃんが「明日はどうするんだ」と聞くから「1日空いてる」と言ったら「いくらいくらで1日案内してやる」と言う。ボクには何の予定もなかったから、渡りに船、ブリュッセルにタクシーと「じゃあ、お願いするわ、そのお値段なら安いもんだ」と観光タクシーをお願いした。

「じゃあ、明日朝の何時に迎えにくるね」とおっちゃんはホテルにぼくを送って帰っていった。ボクが泊まるホテル、というか民宿はおばちゃん一人でやっているような宿で、ぼくが泊まるのは螺旋階段を上がった屋根裏のような部屋だった。宿賃がいくらだったかは忘れたが、ぼくがブリュッセルの宿代として想定していたよりはかなり安かったはずだ。ただし、その晩ぼくは日本に残してきた当時おつきあいのあった女性と国際電話であれこれ揉めて長電話になり、多分宿代の軽く10倍以上の電話料金は支払うことになった。

翌朝、おっちゃんはホテルまで迎えに来てくれて、あちこち案内してくれた。ブルージュまで行って運河クルーズ船に乗せてくれたり、観光馬車に乗せてくれたりした。馬車は一人で乗るのは恥ずかしかったので一緒に乗ろうよと誘ったのだがおっちゃんの方が恥ずかしがって乗らずに手を振って待っていてくれた。

運河沿いのレストランで二人で食事もした。帰り道、どこか大きな聖堂にも連れて行ってくれてあれこれ説明してくれたんだが無粋なぼくはそれがどこだったのかはよく覚えていない。ここは日本人に関係の深い場所で、とおっちゃんは力説していたから、お約束のノートルダム大聖堂だったのかもしれない。

まるまる1日タクシーで移動していて,当初1日固定料金と約束していたはずなのだが、おっちゃんがメーターを回しているのに気づいた。「あれっ? 正規料金取るわけ? そういう約束だっけ? 正規料金だととんでもないお値段になるよね?」と一瞬心配はしたけれど、おっちゃんは約束の料金になるとメーターを戻した。約束通りだった。

お互い英語と言える英語などしゃべれないのだが、そういう会話は意外とよく通じるものだ。丸1日、ぼくとおっちゃんは家族のこととか住んでいる場所のことだとかなんだとか、いろんなことを話した。で、帰り道、「オマエはいつブリュッセルに戻ってくるか?」という話になった。

ぼくはそこからレンタカーでスパフランコルシャンへ向かいF1ベルギーGPを取材してまたブリュッセルに戻り飛行機に乗る予定だった。「月曜日に帰ってくる」と言うと、「飛行機はいつだ?」と言う。「火曜日の朝だ」と答えると、「月曜日の夜はオレの家に来て夕食を食べないか、家族にオマエを紹介したい」と言い出す。

ぼく自身は果たして月曜日の何時にブリュッセルへ帰ってこられるかわからなかったので丁重に断ったが、おっちゃんは残念そうだった。翌朝、空港でレンタカーを借りるぼくのためにおっちゃんはホテルまで迎えに来てくれて、レンタカー店まで連れて行ってくれてそこでおっちゃんと別れた。

外国旅行はあまり好きではないぼくではあるが、ブリュッセルがとても印象のいい街になったのは、空港に出入りしていたタクシーの、あのおっちゃんがいたからに他ならない。おっちゃんは元気にしているだろうか。いや無事でいるのだろうか。


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コメント

ええ話やなぁ。
思わず関西弁になってしもたくらい。

投稿: 山口正己 | 2016年3月23日 (水) 15:16

ええ話やなー。

あの町で日本人が連れて行かれる大聖堂ちゅーと、そらーやっぱ
「パトラッシュ、僕もう疲れたよ」
でしょうねー。

投稿: shun | 2016年3月23日 (水) 18:51

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